人生は楽しんだもん勝ち!

認知症で、出来ていたことが出来なくなることへの苦痛を想像する。

 
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認知症は、記憶障害や認知障害等で今まで出来ていたことが出来なくなっていく病気です。今まで出来ていたことが出来なくなるとはどういうことでしょうか?

今日はその部分について私なりに考えてみたいと思います。

人生は楽しんだもん勝ち!ドキドキワクワクした人生を送りたい!そんな人生を本気で目指している、ドキドキlife seiichiです。

普段の私達は考えずに行動している

さて皆さんは、普段歩く時や食事をするときに、その動作を考えながら行っていますか?

多分、ほとんどの方が何も考えずに行っていると思います。

テレビのチャンネルを変える時も、風呂で頭を洗う時も、基本的には何も考えずに行動出来ていると思います。

しかし、それらの行動を一つひとつ考えながら行わなければならなくなったり、考えても答えが見つからなかったらどういう感覚になるでしょうか?

普段想像することってないですよね?

始めはみんな考えながら動作していた

自転車に乗る練習や、車の運転の練習を思いだしてください。

はじめからすべてが出来ていた人っていないと思います。(自転車に乗れない、車の運転が出来ない人ごめんなさい(;^_^A)

そうです。一つひとつの動作を考えながら行っていました。それを何度も何度も繰り返して、「出来る」ようになるのです。

つまり、練習や繰り返しで獲得した動作という事になります。

生活に必要な動作なら、生活の中で何でも繰り返して行いますから、考えることなく「自動的」に出来るようになるのです。

ある日突然襲う恐怖「出来なくなる」

しかし、認知症という病気になると、昨日まで出来ていたことが突然出来なくなってしまいます。

ここからは、皆さんの想像力を最大限に発揮してみてください。

事例①

今、あなたの目の前にリモコンがあります。そのリモコンを使ってテレビのチャンネルを変えることはわかっています。

しかし、そのリモコンをどのように操作すればチャンネルを変えることができるのかわからなくなってしまいました。

確かに、昨日まで、ついさっきまで使っていたはずです。なのにわからないのです・・・

事例②

今、あなたはお風呂に入ろうとしています。洋服も脱ぎ、風呂場に入りました。目の前にシャワーがあります。そのシャワーを使って身体を洗うことはわかっています。

しかし、どうやればお湯を出せるのかが分かりません。昨日までこのシャワーでお湯を出して、身体を洗っていたことはちゃんと覚えています。

どんなに考えても、お湯の出し方が分からないのです。仕方なく、湯船に入ると「ちゃんと身体を洗ってから入って!」と言われました。お湯の出し方が分からなかったから湯船に入ったのに・・・

私達は今現在、認知症ではありません。(先では認知症になる可能性があります。)

ですから、認知症の方の話や、ケアの現場から「出来なくなることの苦痛」を想像するしかできません。その苦痛を想像してケアを行うのか、想像せずにケアを行うのかでは、ケアの質に大きな差が生まれます。

皆さんは、どちらを選びますか?

出来なくなる事の苦痛を理解しようとしてくれるスタッフにケアされるのと、苦痛を理解しようともせず、自分の価値観を押し付けてくるスタッフにケアされるのと…

私は、断然前者です。

まとめ

認知症ケアを行なっていくには、認知症を理解する事が大前提です。

しかし、いや、それ以前に、認知症の方の苦悩や恐怖を想像して理解する事がとても大切です。

少しだけ倫理的な事を言えば、「自分が人としてどうあるべきか?」を考える事が大切なのです。

どうあるべきか…

相手の苦悩や恐怖、苦痛を理解出来る人が認知症の方から好かれるスタッフになれます。

では、今日はこの辺で!

ありがとうございました(#^.^#)

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